
安田編集長「市長にこそ、この南港新聞に登場いただきたいと願って3年かかりました。記念すべき3周年記念号です。秋本社長はATC就任4年。第三セクターの破綻!税金の無駄使い!という国民的バッシングのピークでの再生改革でした。平松市長は、大阪変革待望論の中、大阪市民からの熱烈な期待を集めての就任と、お2人とも大阪再生改革の旗手としての就任登場です。期待されるプレッシャーいかがですか?」

平松市長「大阪改革への市民の大きな期待、ひしと感じています。この任を市民からいただいたということは、できることから着実に実現したいと思います。誠実にやっていくということは、時として地道で、市民に面白おかしくは見えないかも知れませんが、1つずつ、改革を始めました。発表していけるように具体的な策にして、着実な再生改革として、これから順次発表実行して行こうと思います。」
安田編集長「橋下知事との会合で、削減と解体だけでは再生改革にならない、と市長は改革の進め方での違いを、明言されました。」

平松市長「削減や解体というのは、極端に言えば誰でもできます。展望を示すことが重要ではないでしょうか?展望ある改革再生は大阪市民のパワーがなくては実現できません。展望を示すことがないと、元気は生まれません!その上で、無駄のある行政上の削減、見直し、時には大胆な決断がいるのだと思います。」

安田編集長「秋本社長は、日本最大級の第三セクターの破綻という中での再建という任で、大阪市に招聘されたわけですが、当初から再建は勿論、南港と大阪の再生となる改革が必要、と発言。改革では平松市長の先輩です(笑)。期待される新市長にアドバイスを。」
秋本穣「アドバイスとなれば嬉しい(笑)。平松市長と橋下府知事が何かと比較され、発言が注目されますが、外科手術のような大胆な発言と危機感は必要ですが、平松市長発言の、展望を示して市民に我慢を強いるという順序が重要。無駄使いのATCをどうするのだと、就任早々マスコミ各社は攻めてきました。一番簡単なのは、試算すれば30億で解体できる。更地にしようか?赤字はなくなる!全社あっけにとられて記事にしませんでした。壊すのは簡単。この再生処理で、南港地区は、はっきり言って全滅。南港地区の全ては大阪市民の財産。これがすべて消滅。他施設も次々と退却し、廃虚となります。展望が無いとこうなります。」

平松市長「同感です。秋本提言にある、南港の再生は、この地区最大の商業施設であるATCがリーダーとなって、大阪の新たなにぎわいのある街にしていく努力があれば、10年20年先であっても、街としての魅力が、着実な地価の上昇を齎して、大阪市としては固定資産税などの安定収入となって戻ってくる!大阪市民が損をしないやり方がある!という発言は、おっしゃる通りです。今年のお正月、ATCオズ岸壁で出初め式があり、私はあの場所に立ち感動しました。ものすごい人が集って、こんな海に隣接した、気持ちのいい素晴しい場所が、大阪にあるじゃないか!大阪人のパワーがそこにありました。もったいない!これをもっと生かせばいいし、訪れたくなる施策はどんどんやるべきで、そういった街というものを考えていくという努力を、大阪市はしてきたのだろうか?展望をもっと真剣に考えるべきだ!難しくない!南港には、可能性がいっぱいあるじゃないか。あの岸壁で、そう思いました。」

秋本穣「そうです。人です。集いたくなる、おもてなしのある街にすればいい。そのための作戦を、この安田編集長を私がスカウトしてきて、南港の街おこしプロデューサーに抜擢して、市(いち)と祭をたくさん始めたのが、南港の街おこし作戦のスタートです。同時にこの南港新聞を作ってもらい、大手の新聞にも書いて貰えるようなできごとが、ここからたくさん生まれたのです。それが私の、新生ATC作戦でした。しかしです、一緒に街を元気にしようとして、先ず相談に行った、街の入口であるニュートラムの駅は、非協力的。たくさんの施設と環境を所有している港湾局は、たくさんの規制を語り、結果、街おこしの共同作業はできず。経済局は港湾局に遠慮し動かずと、どこがと言うより、関係行政すべてが、この街の活性化作戦に消極的な対応でした。はっきり言って、市としては無為無策。街の展望は、大阪市と民間企業と地域住民と一緒に考え、実現していくべきです。誰のためのATC再建かというと、大阪市民のためです。株主の99.9%は大阪市。ですからオーナーは平松さん、あなたです(笑)。これまでのいきさつがどうであれ、出初め式の感動は原点になります。これまで市がやらなかったことを責めるのではなく、気づいた人がやればいい。ただし、それができるのは平松市長、あなたしかいません!」

平松市長「そうですね。全く同感です。秋本社長の4年の現場からの提言でご指摘の、やれなかったことは、私がやるべきだと思います。おかしいと思ったことは、先頭にたってすぐにやろうと思います。私も秋本社長同様、民間の常識がありますから、提言に同感です。これを行政にどんどん持ち込むこと、できない理由に耳を貸さず、できる施策にしていく論議を起し、実現していくエネルギーを行政の中に起していくこと、民間の当たり前という風を吹き込んでいくことが、私の大きな使命だと思っています。」

安田編集長「民間の当たり前、これを持ち込むこと、意識改革ですね。」
秋本穣「意識改革が大阪再生に必須です。しかし驚きました。市長の前ですが、ATCという会社が正に市役所でした。再建をと招聘されたのですから、民間のあたりまえで、幹部社員を集め、指摘し指示しました。ところが、できない理由をどんどん出し、いつまでたってもやりません。(笑)それで、縦割りの従来組織を解消し、全社員が私と向き合い意見を直接言える、社内ネットワークをサイボウズと言うシステムで整備。私の発言や指示は全社員に伝わりました。その上で、街おこしに精通した外部プロデューサーを探し抜擢したわけです。ショック療法が必要でした。そして、社内横断的な企画推進チームを編成させ、予算と権限を与え、社内改革と同時に、街おこし作戦を始めたのです。会社全体が危機感や当事者意識の無い、丸投げ体質で、商業施設としてのサービス精神も欠如。街おこしという発想がなぜ素晴しいかというと、意識改革をしないと実行できないからです。街おこし屋さんというものが業態としてないように、当事者が知恵を絞って、地域や現場で展望を持ってやっていくものです。安田さんから企画提案いただいた、この発想を起爆剤にしようと考えたのです。縦割りの組織ではできない、人と人が一緒になって初めて始まっていく、正に横軸発想、街おこし。意識改革でした。」

秋本穣「大阪は局あって市なしです。ATCの海沿いのオズ岸壁に、待ちに待ったフェリーターミナルができます。フェリーの定期就航で人の流れが生まれる!街にとってはにぎわいにつながる朗報。ここで重要なのは、これは南港の街おこしにとっては、あるいは大阪市民にとっては、この街の展望が拡がっていく大きなポイントである!という大きな意味と意義を誰かが声を大にして言うべきです。しかし局の発想では言えない。南港のオーナーとして、大阪市民のための施策である!と市長が言うべきです。そういうメッセージから、未来に向かっての気運が生まれます。これが街おこし。南港再生局のような、組織改革と意識改革を期待します。大阪市にこそ横軸発想が必要です。民の常識があればできます!これが実現できないと、私と安田で戦ってきた、南港の街おこし作戦はここで終了。ATCの孤軍奮闘は限界。展望ある南港の再生は無理です!」


平松市長「ありがとうございます。エールとして拝聴します。私はこれまでの提言の全てが大阪の再生改革の最前線の正直な意見であると考えました。問題解決とは書類を作ることではなく、行動を起こすことであります。提言のあった後、早速、南港再生局ではありませんが、大阪再生改革のための特別プロジェクトを作るべく、改革に必要な関係局の部長級スタッフを招集致しました。市長の私が直轄し副市長が推進する、改革再生チームです。私が指示して準備し、私が決定していきます。秋本提言にあったように、局を越えた横軸発想での取り組みを、私もスタートさせました!」

秋本穣「市長直轄の超党派チーム、それしかありません。私の提言が切っ掛けになれば嬉しいことです。市としてのメッセージを出して、市民と一緒に街おこしをやって下さい。難しい南港地区の街おこしは、大阪再生のモデルとなります。私の提言を理解いただいた。まずこれが、これまでの大阪と違う。初めてかもしれません、大阪市がやっと現場の意見に耳を傾けた。今度こそ南港と大阪再生の本格的なスタートです。市民の目線での大阪再生改革を必ず実現いただけると、これからの平松市長に期待します。」

平松市長「総論すべて、大阪の難問解決の現場からの意見として貴重です。私の考える大阪再生改革のヒントが多々あり、是非生かします。これを機会に、大阪の最前線現場の生の声をどんどん聞いて行こうと思います。現場には大阪市民の声と願いがあるはずです。南港の街おこし、南港の再生、そしてそれが大阪の再生につながっていくのだということ、1つずつ、民間の常識を総動員して、誠実に実行しますので期待して下さい。最後に、これからも苦言を含めて、大阪にアドバイス、ご意見いただきたいと思います。4年間ありがとうございました。」
●平松市長と秋本社長は再生改革の同志のような握手で対談は終了。南港再生の課題の解決策はあるという手ごたえが、この対談の中に存在したこと。そして平松市長は、南港及び大阪の再生改革をスタートさせているということ。いよいよ南港の街おこし作戦の本格的な第2ステップが始まる。以上を取材でき、これまで南港を元気にしようと応援いただいた、3000人を超える関西アーチスト、2000人を超える市民ボランティアの皆さんに全員に、朗報としてお伝えできることを嬉しく思い、この対談の取材報告とします。
(2008.6.4.大阪市長室にて取材・南港新聞編集長・安田正二)
●南港新聞の今回の対談の撮影を担当させていただきました。南港新聞を3人のATC社員で創刊した労苦から3周年で、初めて現場の声を聞いていただける市長が登場したことに感激しました。ATCが中心に進めてきた街おこしが、止まることなく、これからは大阪市とも一緒になって推進していけるかも知れない!そんな可能性を感じました。
(南港新聞編集委員・新谷知子)
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